最高裁判所第一小法廷 昭和47年(オ)431号 判決 1974年10月24日
上告人
米田庸蔵
右訴訟代理人
阿部清治
被上告人
国民信用組合訴訟承継人
株式会社近畿相互銀行
右代表者
菊久池博
右訴訟代理人
松永二夫
宅島康二
主文
原判決中被上告人勝訴部分を破棄し、右部分につき本件を大阪高等裁判所に差し戻す。
理由
上告代理人阿部清治の上告理由一について。
所論の債務免除に関する上告人の主張は認められないとした原審の認定判断は、原判決挙示の証拠関係に照らし、是認することができる。原判決に所論の違法はなく、論旨は採用することができない。
同二ついて。
原審は、上告人は、株式会社水島螺子製作所が国民信用組合(以下単に組合と略称する。)に対して負担していた借受金債務の連帯保証をしていたが、昭和三九年九月下旬、同組合放出支店において、支店長代理吉田義次と折衝した結果、当時残存していた債務元本の半額三三万三三一三円を上告人より翌一〇月以降毎月一万円宛割賦支払うとの合意をしたうえ、右合意に基づいてその支払をしたこと、したがつて、右支払金については債務元本に充当するとの特約が吉田と上告人間に成立したことを認めたが、吉田には組合を代理して右のような特約をする権限はなく、また、吉田が支店長代理であるということだけで同人に代理権があると信ずべき正当の事由があつたとはいえないし、上告人より吉田の基本代理権についてなんらの主張がないから、表見代理の成立も認められないとして右特約に関する組合の責任を否定したのである。
思うに、組合において支店長代理という名称が代理権を伴わない職制上の名称として用いられていたとしても、支店長代理という名称は、言葉の意味からすれば支店長の代理人であることを表示するものであり、かかる名称を有する者とその所属の支店店舗内において、組合に対する債務につき折衝をし前述のような合意をする相手方は、特に支店長代理にその代理権がないことを知るべき特別の事情のないかぎり、支店長代理に代理権があると信ずるのは無理からぬことであつて、そう信ずるにつき民法一一〇条にいう正当の事由があるというべきである。そうすると、正当の事由についての原審の前述の判断には、民法一一〇条の解釈・適用を誤つた違法があるといわなければならない。
また、吉田は、組合の上告人に対する本件債権について、前述のとおり、支店長代理として上告人と折衝し、上告人よりその割賦支払を受ける旨合意し、組合は、右支払金の弁済充当関係は別として、異議なくこれを収受していたのであつて、右事実関係のもとにおいては、吉田に基本代理権のあつたことが容易に窺われるのであるから、右事実関係が明らかになつているにもかかわらず、原審が、吉田の基本代理権につき上告人よりなんらの主張がないとしたことには、適切な釈明権の行使を怠り、審理を尽くさなかつた違法があるものといわなければならない。
そして、右の各違法は、原判決の結論に影響を及ぼすことが明らかであるから、原判決中上告人敗訴の部分は破棄を免れないところ、更に基本代理権の主張を明確にさせ、代理権ありと信ずべき正当の事由の有無につき審理を尽くさせるため、右部分につき本件を大阪高等裁判所に差し戻すのを相当とする。よつて、民訴法四〇七条一項に従い、裁判官全員一致の意見で、主文のとおり判決する。
(岸上康夫 藤林益三 下田武三 岸盛一)
(大隅健一郎は退官につき署名押印することができない)。
上告代理人阿部清治の上告理由
上告理由は、民事訴訟法第三九五条第一項第六号の「理由に齟齬あるとき」に該当する。
一、先ず、上告人は、銀行業務も連帯保証の意味も深くは知らない役所務めのサラリーマンであつたが、友人の頼みで、まさか支払義務を負う立場になるとは夢にも思わず、本件保証をした。
それが主債務者である米川が事業に失敗したとかで自己に請求をうけ驚いた。然し直ちに、銀行へなど行つたこともない位なので、友人の福井と共に赴き、事情を聞いた。支店長代理の名刺をくれた吉田義次と話し合い苦しい経済生活を耐え、金持の米川からとつてくれと頼んだ。
そこで原判決の認定する如く、色々の話の結果、「保証人の誠意を見せ、せめて元金の半額を責任もて、後は米川からとつてやろう」といわれ、上告人は感激して、この申し出を受諾した。而して、以後元金である六六六、六二五円の半分を苦しい中から毎月一万円づつ送金し、完済した。この弁済の期間中、一度として弁済の意味、額について、被上告人から異議はなかつた。
支店長代理の右言辞はあくまで、元金の半額の支払責任ですまそうそれだけは支払いなさいとの意味であり、半分払えば、又半分然も利息までもとる等ペテン師の如き言辞とは理解できないのである。
原判決は、このように表示された言葉は上告人が聞き信じたそのままの言葉を認めながら、そのとき被上告人の隠れた内心の意思はそうではなかつたと認定している。これは、内心の意思で、表示された意思表示の効力を左右させようとするものであり、上告人は支店長代理のペテンにかかり、借金までして支払つたことになるのである。上告人は、利息を含めて然も全額であれば、被上告人のずさんなやり方からして、右の如き弁済はせず抗弁したのであつた。
右の如く、原判決は認定は、理由づけにならない筈である。
二、次に、上告人が交渉した吉田義次支店長代理人は、弁済充当の合意をする代理権もないとする判断は、正に常識に甚しく反するものである。どこにこのような交渉のとき支店長本人が直接する金融機関があろうか。支店長代理が、支店長に代つて当該支店の金員の預け入れ借し出しの業務を担当し行つていることは、公知の事実である取引先は、支店長代理との話し合いの結果を当該支店との話し合いとして、社会の信用は保たれている。
原判決では、支店長代理は弁済充当の約束も、内部の特別の授権がないとできないこととなり、甚しく善意の取引先を害し、根本的に公知の事実に反し、到底承服できない。
このような解釈は、明らかに理由にそごがあるものに該当する。
従つて、仮りに半額ですまないとしても、元金のみが支払義務の範囲であつて、利息は当然免除されており、いわんやこれに充当する等というペテン行為が許される理由はない。